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Jinsen's パイプ

study: たばこを味わうメカニズム


study: たばこを味わうメカニズム_a0150949_1542141.jpg 味覚は舌で味わう。匂いは鼻でかぐ。ではたばこはどの器官で味わうのか? 昔から謎だった。海外の記事を読むと「palate」という言葉が目につき、上手にたばこを吸う人がいると「君はいいpalateを持ってるネ」などと書かれている。「palate」は「口蓋」で口のなかの天井部分である。舌で感じる味覚は口蓋でもわずかに感じられるとされていて、たばこについては西洋では口蓋が感覚器官とされているようにも思える。
 ごく最近のことだが、YouTubeの投稿ビデオを見ていて、永年の謎が解けた。ぼくは料理も好きなので、調理の解説ビデオを探すうちに「人はなぜ調理するのか」というタイトルでNHKテレビで放映されたものらしいのをみつけた。それによると料理の味は舌で味わうのはもちろんだが、じつは嗅覚が重要な役割を果たしているんだそうだ。YouTubeのビデオを参考に下手な絵を描いてみた。

 ふつう匂いは鼻から入り、鼻腔で感覚されるとされている。(1)で示した経路である。しかしじつはもう一つのルートがある。(2)で示した経路である。歯で咀嚼して口にいれた食物の匂い物質は、いったん喉に落ちるが、そこで呼吸の吐く息(呼気)で吹きあげられ、鼻腔に抜けるというのである。鼻腔にはこの匂いを感知するセンサーがあり、いっぽう舌で感覚する甘い、辛いなどの味覚と、この第2のルートからくる匂いが脳でまとめられ、食物の味わいを決める。よく炊けたご飯とか、おいしいステーキとか、たんに甘い、辛いだけではない食物の深い味わいにはこの(2)で示した経路からくる匂いがないと感覚できない。
 これでたばこを味わうメカニズムが説明つくのではないかと思った。
 たばこの甘さなどは舌が感覚するとして、香りについてはこれまで鼻で感覚するとしか説明つかなかった。しかしこの解説によると、口に吸いこんだ煙が喉から鼻腔にまわり、そこのセンサーが香りを感知する。舌の味蕾が感覚した甘さなどの味にプラスしてこの第2のルートで鼻腔が感知した香りが加わり、すなわちたばこの味となることになる。
 先輩たちに教えられたパイプたばこの吸い方がこの理屈に適合している。吸いこむ煙はごく微量で、子供のほっぺたにキスするていどでよろしい。口に入れた煙はしばらく保持して、じっくり味わう。そしてこんどはゆっくりパイプの煙道に吹き戻す。この「口に煙を保持する」あいだにたばこの匂い物質が喉から鼻腔にまわって香りをたのしめるのだ。
 西欧人が「palate(口蓋)」で味を感知するとしたのは、経験的に、この第2のルートを感じていたにもかかわらず解剖学的な説明がつかなかったために口腔の上、すなわち口蓋と仮定したのではなかったかとも思える。
 YouTubeで解説されたこの第2のルートはどうやら近年の研究結果らしかった。その後ネットで調べてみたが調理関係のサイトでこれに触れたある記事には2001年の研究成果とされ、それより古い記述はみつからなかった。最近はこの第2のルートを書いた書物もあるらしく調理関係者のあいだで話題になっているようだ。
 ぼくがここに書いたのはもとより学術的なことではなく、パイプ愛好家の思いつきにすぎないが、ぼくとしてはいい説明がついたとよろこんでいる。 

# by jinsenspipes | 2016-03-22 17:18

study: 着香たばこの味わい方に学ぶ

study: 着香たばこの味わい方に学ぶ_a0150949_11192014.jpg
 夜更けにネットのパイプブログをあちこち探訪するのもなかなかたのしいですね。前にもちょっと紹介したオランダのパイプ愛好家、Amoさんのブログにこんな記事をみつけた。
「バニラの香りとポーチに書いてあるのに吸ってみると香りがこないときがある。またポーチを開けたときは香りがするのに吸うと香りがなかったりする。これはなぜ?」
 バニラに限らず、チェリー、チョコレート、いろんな着香たばこがあるが吸ってみるとはっきりしないということはままありますよね。その原因を書いた記事で、ただこれはAmoさんの所説ではなくPaulさんというベテラン喫煙家が寄稿してくれたものとのことだった。

 味を感覚する味覚は舌にあるが、味覚は甘み、酸味、塩辛さ、苦味を感じるだけ、たとえばバニラの香りは感覚しない。これは鼻の嗅覚が感じる。バニラたばこを吸ったときは、まず舌が甘さを感じ、鼻が香りを感じる。そこで記憶にある甘いバニラ味が思い出され、バニラ味と認識する。バニラの香りの元はバニラに含まれるバニリン(またはワニリンとも)という成分である。
 さて。パイプ喫煙のときのたばこの温度はおよそ500℃で、吸い込んだ瞬間は一挙に700℃まで上がり、ふたたび500℃にもどるんだそうだ。ところがバニラの香りの元、バニリン分子の沸騰点は285℃で、500℃にもなるとバニリン分子は沸騰し、蒸発してしまう。つまりバニラの香りはトンでしまうことになる。バニラに限らずおおかたの着香剤の沸騰点はだいたいこのあたりかそれ以下なので、たばこに香りづけしてもこの高温では蒸発してしまうことになる。
 しかし、それでも実際にバニラの香りが感じられるのはなぜか? それはバニリン分子に含まれる炭素原子のおかげである。バニリン成分の分子式はC8H8O3で炭素原子が8個含まれる。この炭素の沸騰点は4554℃と高く、たばこの温度ていどでは蒸発しない。そのおかげでバニラの香りが感覚できることになり、一般に炭素原子が多ければ多いほど香料の香りが残ることがあるのだそうだ。
 ドイツのある会社がここに目をつけ、人工的に炭素原子をふやしたバニリン成分を作り、とくにバニラの香りが濃厚なバニラたばこを製造しているという。バニラばかりでなく、オレンジ、チョコレート、ピーチ、グレープなど、同様の操作で炭素原子をふやした着香たばこがあるらしい。
 しかしこれは特殊な例である。一般的なバニラたばこの場合は、できるだけたばこを燃え上がらせないようにし、バニリンの沸騰点以下に保つように心がければバニラの香りはちゃんとくる。バニラに限らず、着香たばこを香り高く味わうにはそもそも着香剤の沸騰点が低いせいだと心にとめておくことである。

 なるほど。
 この説明の科学の部分、パイブたばこの燃焼温度が500℃、これがあとあとまで記憶に残った。
 ここで素人考えで想像の羽根をひろげてみる。500℃といっても喫煙中のボウルの温度が500℃というわけではないだろうと考えてみたのだ。我が国の先輩の戒めに、パイプを吸うとき火種は小豆ほどの大きさに止めるべきだ、というのがある。ボウルの内側ぜんたいにボウボウ燃やしてはいけないというのだ。このとき小豆大の燃えている(あるいはくすぶっている)火種は500℃だろうが、その周囲のたばこはそこまで高くなく、まして離れたところはかなり低温なんじゃないか。すると、そういうところのたばこは火種にほどよく蒸され、着香剤の沸騰点以下で芳香を放つのではなかろうか。
 この記事がたばこの燃焼温度、着香剤の沸騰点、それを科学的に例示してくれたのでイメージを広げることができた。これは何も着香たばこに限ったことではない。バージニアたばこを香り高く、おいしく吸うときも、火種を小さく、ゆっくり間合いをとるようにすることが大事と、ときどきこの記事のことを思い出している。

# by jinsenspipes | 2015-05-17 11:28

読み物: マッチ

読み物: マッチ_a0150949_236122.jpg
 パイプの火付け道具については、マッチ派、ライター派、わかれるが、ぼくはマッチ派。これがぼくの火付け道具である。もう何十年もこれを使っている。
 写真の左上がマッチの大箱、その下が携帯用のアルミ製の小箱、大箱の多量のマッチを小箱に移して使う。
 このアルミのマッチ箱は黄燐マッチを入れて売っている、黄燐マッチは、ラベルに書いてあるが、どこで摺っても火がつくマッチで摺り板(ストライカー)はいらない。西部劇映画などでこのマッチを酒場の柱や長靴、ズボンの尻などでチャッと摺って点火するシーンがよく見られる。黄燐は毒性があるのでいまは硫化燐マッチらしいが、日本では製造禁止で、これは輸入品である。ただパイプたばこを置いてあるたばこ屋ならどこでも買える。入れてある黄燐マッチを使いきったら大箱のふつうのマッチを詰める。アルミ製なので耐久性があって長持ちする。
 ふつうのマッチだと当然摺り板が必要で、写真の右上がその摺り板である。じつはこれはマッチの大箱に貼付けてある摺り板を切り取ったものである。使いきった大箱をバラし、4面にある摺り板だけ切り取る。これを写真の左下にあるほどの大きさに切り取り、1枚をアルミの小箱にマッチ軸とともに収める。写真の右下がタンパーで、これもアルミ製の安物だがぼくには一番使いやすい。
 いまの若いかたはほとんどライター派のようだが、マッチでもライターでも優劣はない。ぼくはマッチが使い慣れているだけのことである。だいぶ昔、ロンソンのパイプ用ライターがカッコいいので買ったことがあったが結局マッチに戻ってしまった。
 識者にいわせると、ライターは一度にドッとたばこ全面に着火することができ、片燃えが防げていいそうだ。たしかにマッチで着火するとドッと全面というわけにはいかない。マッチの火を近づけるとごく一部にしか火がつかないので、ここに着火し、つぎにその隣りというぐあいにマッチの火をちょんちょんと動かす。けれど、この火がついたごく一部、そこがポッと赤くなり、つぎにたちまち白い灰になる瞬間にすばらしい味がくる。とくに朝一番のバージニアたばこは新鮮で一本のマッチが燃えつきるまで、ちょんちょんと着火しつづけるときがたまらない。
 マッチの着火は二度つけるのが常識になっている。最初の着火はcharring(炭化)またはfalse(偽)着火といい、たばこの表面を炭にしてしまうためである。そしてタンパーでならしてたいらにし、細かい炭状になったところに二度めのマッチの火をかざすとこんどは一挙に、ドッと全面に火がつく。これがfalseではない本物の着火である。ごくゆっくり吸うとたばこの表面全体がポッと赤くなり、片燃えせず、下に燃えひろがっていく。
 これは一般的な着火法だが、ロングスモーキングの競技のときなどはこれではいけないらしい。
 渡辺純夫さんという、ロングスモーキングの大家がこう書いている(この記事は柘パイプのサイトに掲載されています。とても参考になるのでぜひご覧ください)。

「マッチの火を広く全体につけ吸いつづければ安定はしますがたばこの消耗も早く、長くても70〜80分くらいで吸いきるだろうと思います。一点着火といい、マッチの頭くらいの火を理想としますが、この火種をつぎつぎ転がすのは至難のわざで、成功率は非常に低いようです。
 一般的にはたばこ表面の1/3から1/2、理想的には1/4くらいに火をつけるとよいでしょう。火は吸い口に近いほどたばこの燃焼を早くしますので、着火は吸い口に離れているボウルの前方にします。ただし片燃えになる恐れがありますので注意してください。」

 なるほどそうなのかと思う。昔から火種の大きさは小豆(あずき)ほどに止めるのがいいといわれていて、これはボウボウ燃やして過燃焼させる戒めでもあると思われる。ぼくはロングスモーキングに興味はないが、火種は大きくせず、消えかかった頃にゆるく吸い、火種のあたりがあたたまるていどで吸ったときにいい味がくるようである。

# by jinsenspipes | 2015-03-14 23:09

study: バージニアたばこを比較する

study: バージニアたばこを比較する_a0150949_1103094.jpg
 写真の前列3種、マクバレン「バージニアNo1」ダンヒル「フレーク」オーリック「ゴールデンスライスド」は廉価版バージニアたばこの代表種である。ぼくは朝一番はこのいずれかをやり、昼はアンフォーラなどの甘いたばこ、夜はSGのFVFかBBF、スクワドロンリーダーなどをやることにしている。写真のうしろにあるラットレーの「マーリンフレーク」は最安値の「No1」の2倍近くの価格になるが、たしかに相応の旨みもあるので参考にのせてみた。
 バージニアたばこは多くフレークで提供される。これはまずバージニア葉をプレスしてチョコレートの箱ほどの大きさに成形し、それを薄くスライスしたものである。写真のダンヒルが代表的なフレークで、これを4つ折りか8つ折りにし、円筒形(ラグビー球形)にしてボウルに詰める。火はたばこの縦の繊維に沿ってゆっくり燃え続けるのでバージニア葉本来の味がたのしめる。
 バージニア葉はときに舌がピリピリすることがある。Tongue Bite(舌を刺す)と呼ばれる。日本語の「舌焼け」はこれではなく初心者にありがちな軽い舌の火傷で、Tongue Biteはむしろ舌ピリといいたいところである。パイプたばこは強く燃やすとアルカリ性に傾き、これが舌ピリを起こすが、この現象はバージニア葉に多量に含まれる糖分のおかげである。ゆっくり燃やし、中性か弱酸性を保つようにしなければいけない。

マクバレン「バージニアNo1」
 パイプ入門書でかならず推薦されるのがこのたばこである。安価だし、火付きも火持ちも抜群。初めてのバージニアたばことしては最適である。
 このたばこはレディラブド、つまりフレークをあらかじめほぐした状態で供給される。これならリボンカット同様手軽に詰められる。
 初心者向きとされるNo1だが、バージニア葉の特徴はすべてここにある。甘みとわずかな酸味、ブライトバージニアのやや青臭い匂いと草を噛みしめたような味わい、初心者ならこれでバージニア葉の旨みをじっくり記憶すればいいし、上級者にとっては安定して吸えるたばこになる。
 たしかにSGのFVFのようにバージニア葉の極限を追求した深みのあるたばこもあるが、これは葉にかなり湿り気があり、事前に乾かさないと吸いづらいし、火付きが悪いので火が安定するまで苦労する。朝一番に吸うときはそういう手間ひまなし、てっとり早くシガレット感覚で吸いたいのでそちらは夜のお楽しみにしている。

オーリック「ゴールデンスライスド」
 バージニア葉の舌ピリを軽減するために使われるのがペリク葉である。この葉は酸性が強いのでバージニア葉のアルカリ性を中和するし、またバージニア葉の味を増すとされている。オーリックのこのたばこはわずかにペリク葉を加え、舌ピリはほとんどない(強く吸いすぎると起きるが)。またペリク葉特有の甘酸っぱさが加わり、おいしい。さらにごくわずかの香料が添加されているようで、No1より味が複雑で旨みがある。
 ポーチからとりだしたこのたばこは写真の通りだが、これは長いフレークを4つに折りたたんであり、伸ばすと全長は55cmほどになる。おそらく長辺60cmほどのケーキをスライスしたものである。
 これをダンヒルのフレークほどの長さに切り、折り畳んでボウルに詰めるが、やわらかいフレークなのでほぐして詰めてもよい。
ダンヒル「フレーク」
 これは4cm x 7.5cmのもっともフレークらしいフレークである。1枚およそ4g。やわらかい。ぼくの朝のパイプはダンヒルの2番のアップル型と、チャラタンの同様のもの、ボウルが小さいので1枚は収まりきれず、縦に半分に裂いて2gにしている。それを折り畳んでボウルに詰める。
 ペリクは含まないが、熟成させたせいだろうか、いい酸味があり、廉価版3種のなかで一番こくがある。丁寧に作ってあるのだろう。価格もやや高く、No1よりシガレット1箱分高い。参考にしたつぎの価格帯のマーリンフレークに近く設定されている。香料がかなり多種含まれ、味わいをましている。
 ダンヒルは今はオーリック社が製造している。オーリック社としては看板のゴールデンスライスドとダンヒルフレーク、ペリク入りとペリク無し、また香料のわずかの違いで区別しているようである。

【参考】ラットレー「マーリンフレーク」
 廉価版と比べると高価なので初心者は手をだしにくいだろうがこれはおいしいたばこである。ラットレー社が廃業するまではこれがバージニアたばこの代表とされていた。現在はドイツのコールハス社が製造している。
 ところがどうやらこれはオーリック製造のようなのだ。オランダのあるパイプクラブが独自のハウスブレンドを作ろうとコールハス社にレシピを送り、製造を委託したところ、ミクスチャーは自社で作るがフレークはオーリックに外注しているとの返事がきてやや鼻白んだと、あるブログに書かれていた。そういうこともあるかと思う。
 しかし、ラットレーのもともとのレシピのせいだろうか、このたばこの旨さは変わらない。これも若干のペリクが混じり味をゆたかにしている。しいて欠点をあげると、これはコールハス製たばこ全般の特徴だが、甘みが強すぎることだろう。ドイツ人は甘党なんだろうか。
 以前はフレークで供給されていたが現在は軽くほぐしたブロークンフレークである。No1ほど砕片でなくやや繊維がのこる。さらに軽くほぐし、詰めやすいやわらかさにしてボウルに収める。

 これらバージニアたばこの国際市場価格を調べてみた。およそだが、No1は5ドル(ただし100g缶10ドルもしくはバルク2oz5ドルで流通)。オーリックは7ドル(50g缶入り)。ダンヒルは11ドル、マーリンフレークは10ドル半である。この2種は国内だと差があるが、国際市場ではほぼおなじ価格帯にある。これで見ると、廉価版としてはNo1とオーリックが並び、一段上の価格帯にダンヒルとマーリンフレークが並ぶことになる。それぞれの価格帯の2種は、ペリク入りかペリク無しで、シャキッとしたブライトバージニアをたのしむならNo1かダンヒル、こってりしたペリク入りをたのしむならオーリックかマーリンフレークが、それぞれの価格帯に並ぶということになるだろうか。

# by jinsenspipes | 2014-11-23 11:08

読み物: シャーロック・ホームズ『四つの署名』

読み物: シャーロック・ホームズ『四つの署名』_a0150949_10484247.jpg
 このブログにコメントをくださるくつしたさんはたのしい文章を書かれる。発想もトンでいるけどその内容がパイプを愛好者の心を遊ばせてくれる。たびたびこれを読むうちに、ぼくも日頃の堅苦しいたばこレビューでなく、夜更けのパイプ愛好家の心をなごませる気楽な雑感を書いてみたくなった。

 このところぼくはYouTubeにあるBBCテレビ放映のシャーロック・ホームズ映画をよく見る。『四つの署名』はおそらく一番有名な作品と思うが、そのなかの一シーンがとくに印象にのこった。

 若い女性の依頼人に伴い、ホームズとワトソンがある屋敷を訪ねる。大金持の息子で部屋中をインド風の調度で飾り、まるで博物館のよう。主人は小柄な肥満体の男で、丸顔の頭は両脇だけ髪の毛をのこして禿げあがり、にやにや笑いしているが、内心に激しい感情が渦巻き、落ち着かない様子。
 ドイルの原作ではこうなっている箇所である。

「失礼して私は煙草をやらせていただきます。香りの高い東洋の柔らかい煙草です。すこし気がたっておりますので、こういうときは水煙管で一服やりますと、たいへんおちつきますでな」
 彼は大きな雁首に火をつけて、薔薇水をごぼごぼいわせてうまそうに吸った。
(延原謙訳、岩波版)

 映画では、主人が水キセルを吸い込み、一服やると、そわそわ落ち着かない表情がいっときやわらぎ、ホッとした顔になるのがアップで写された。そのときの主人のしあわせな表情、これが記憶にのこった。トゲトゲした心をたばこの一服がやわらげ、ひとときのしあわせ感につつまれる。ぼくは水キセルはやらないが、およそたばこ喫煙の本領はここにあるのではないか。
 じつはこれを見る前、夕食後、ぼくはSGのスクワドロンリーダーをやっていた。マッチでまず着火すると、火がつくかつかないかのうちにラタキアの優雅な香りが漂う。着火後、しばらくすると、こんどはオリエントの甘い香りがきた。ラタキアのひと刷毛の風、オリエントの甘い芳香、ボディになっているバージニアのしっかりした味わい。そのハーモニーにうっとりさせられたのだった。
 ぼくはそのとき心に悲痛があったわけではないが、やすらぎは訪れた。もし何か心配事があり、それを逃れてひとときの安静を得たかったらこの一服は顕著な効果があったろう。
 ぼくはそこでさらに東洋的なたばこ、前にやったマクレーランドのイェニジェたばこを思い出した。
 スクワドロンリーダーのようなイングリッシュミクスチャーはバージニアが主体でラタキアもオリエントも付け足しである。オリエントの香りと甘さは非凡だがやはりバージニアに隠れている。しかしマクレーランドのイェニジェたばこはオリエント葉を主にしているので逆にバージニアが付け足しになっている。
 ああ。あのときのあの香り。天国に遊ぶ気分だった。なんとしあわせな香りだったことか。それを思い出すとこの主人の気持ちが一層理解できた。
 東洋のたばこは香りを重視し、それにつつまれて一種の現実逃避、いっときの夢見ごこちを理想としてきたように思う。しかしイギリスたばこは味わいに重点をおき、ラタキア、オリエント、ペリクを付加したりあるいは自然熟成、熱処理などによって味を濃厚にしてきた。東洋のたばこはもっぱら香りに耽溺し、イギリスたばこはバージニア葉の深い味わいをたのしむ。このあたり民族性の違いなのだろうか。しかしそういうイギリスたばこであっても味わいにくわえて香りに酔い、ひととき憂さをわすれる効果があることはまちがいない。
 パイプ喫煙者はよくご存知だが、おいしいたばこを吸いたければ、日常のリズムから離れることである。日常のリズムの延長では最良の味は味わえない。喧噪の現実にしばし背を向け、外界を遮断し、たばこ葉が燃焼する、その植物のリズムに合わせることが大切だ。

 ところでYouTubeで見ていると、ここのところの英語字幕はこうなっていた。(ぼくは英語字幕つきで見ている。YouTubeはふつう字幕無しだが、字幕のボタンがあり、クリックすると字幕つきになる。便利なモンだ)

「Well, then, I trust that you have no objection to tobacco-smoke, to the balsamic odour of the Eastern tobacco. I am a little nervous, and I find my hookah an invaluable sedative.」

 ドイルの原文はどうだったか、調べてみたら、何と! この部分は原文そのままだった。
 上の延原謙の名訳はそれを翻訳したものである。

# by jinsenspipes | 2014-09-21 10:54