Jinsen's パイプ

パイプタバコの製造 -3

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 18世紀はヨーロッパ全土に嗅ぎタバコ(snuff)がひろまる世紀だった。嗅ぎタバコはすでにスペイン、フランスでは普及していたが18世紀にイギリスに及び、まず貴族社会で流行、のちにはロンドンの路上でも見られた。タバコ製造会社の最古参、イギリスのサミュエル・ガーウィズ社は1792年、アメリカ最古参のロリラード社は1760年、いずれも嗅ぎタバコ製造で創業しているから当時はこれが有望株とみられたのだろう。パイプ喫煙はクレイパイプが壊れやすいうえに着火がたいへん。マッチはまだないから喫煙者は付け木で暖炉の火を移すか、火打石を打って火花を火口(ほくち。日本でホクチダケと呼ぶキノコを綿状にほぐしたもの)に移して火種とした。それに比べると嗅ぎタバコは火を使わず、優雅である。

 サミュエル・ガーウィズ社の社史によると1792年の創業時、先代の創始者はグラスゴーでスナッフ製造を学び、1750年頃作られたスナッフ用ミル(粉砕器)を所在地のケンダルに運搬したとある。グラスゴーはイギリス北部スコットランド最大の港で、アメリカ大陸にもっとも近く、アメリカからくるタバコの半分はこの港に陸揚げされた。当然タバコ産業の中心地となるが、ケンダルはその南にあってロンドンへの陸路の中間点にあたる。当時のスナッフ・フィーバーはそうとうなものだったと想像される。

 もちろんパイプ喫煙がすたれたわけではなく、製造業者はブラグを作っていたがこれは別の用途もあった。噛みタバコ(chewing)である。噛みタバコはすでに1660年頃イギリスに見られたとされるが18世紀に広く普及した。タバコは貴族や上流階級の嗜好品になっていたが最大の消費者は船乗りや軍人さらに産業革命で急速に増大する炭坑夫だった。彼らはなによりもニコチンの補給つまり過激な肉体労働の合間に神経をリラックスさせる必要があった。火を使うパイプは木造帆船の船乗りや火薬を扱う軍人には禁止されたし、炭坑夫も坑内では火は使えない。噛みタバコがもっとも有効だった。
 イギリスのタバコ会社のプラグは船乗り、軍人、炭坑夫のズボンのポケットに収まり、端を欠いて噛みタバコとした。またこれはナイフで削げばパイプにも使える。同種のものにツイスト(ロープ)タバコがあるがこれもおなじである。ツイストタバコは別名ハットバンドともいい、タバコのかたまりを帽子のハットバンドに挟んで持ち歩いた。

 古いジョークがある。
「イギリスのタバコに無駄はない。炭坑夫はプラグやツイストを坑内では噛みタバコ、それを乾かして自宅やパプではパイプで吸い、灰は砕いて嗅ぎタバコとする!」もちろんこれは冗談。

 おなじ頃、アメリカを見ると、タバコ喫煙者はごく少数、産業もなかった。タバコ葉はヨーロッパに輸出する作物で、消費物ではなかった。タバコ葉の栽培農家はその一部を自家用にし、近隣にわけたりしたが、用途は噛みタバコで、自家用タバコは砂糖水などに漬けて味付けし、そのまま噛むか、あるいは樹木に穴をあけて葉を押しこめてプラグ状にした。パイプ(クレイ)は高価なヨーロッパからの輸入品(それも粗悪品)だったし、手軽なコーンパイプの発明はつぎの世紀になる。この時代に嗅ぎタバコ製造を始めたロリラード社(のちに「Kent」を世にだす)はニューヨークに達ち、少数の上流階級が顧客だったと想像する。

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by jinsenspipes | 2010-05-30 11:42 | Comments(0)