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Jinsen's パイプ

読み物: シャーロック・ホームズのパイプ 1

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 ひさしぶりに、いや、それどころか何十年ぶりかに、本棚で埃まみれになっている文庫本に手をのばした。新潮社版で10冊ある。
 コナン・ドイルのホームズ譚は長編が4話、短編が56話、短編は5冊に収まるが、新潮社版は各短編集から1、2話がこぼれ、それを別に1冊にまとめたので10冊になる。
 気になるかたもいらっしゃると思うので発表年順にまとめてみた。
  緋色の研究     1887年
  四つの署名     1890年
  冒険(短編集)   1892年
  思い出(短編集)  1894年
  バスカヴィル家の犬 1902年
  帰還(短編集)   1905年
  恐怖の谷      1915年
  最後の挨拶(短編集)1917年
  事件簿(短編集)  1927年
(新潮社版はここに落ち穂をまとめた「叡智」がくわわる)
 イギリスがもっとも輝いたころ、ヴィクトリア朝が舞台である。ロンドン市街を馬車が走り、ガス灯がともる。電話や車はまだないから、ホームズはメッセンジャーボーイを使ったり、電報をうつ。指紋捜査は普及してなかったようだ。さすがに後期の作品になると電話が出てきたり蓄音機がでてきたり車がでてきたりするがそれも控えめである。気分はあくまでヴィクトリア朝なのだ。

◯ 高名の依頼人[事件簿]-1925年にストランド誌に掲載
「私はカールトン・クラブにおります。でも急ぎのときは、Xの31というのが私の電話番号ですからどうぞ」
◯ マザリンの宝石[事件簿]-1921年にストランド誌に掲載
(隣室でホームズはヴァイオリンでホフマンの「ベニスの舟歌」を弾いているはずなのに突然悪漢がいる部屋にあらわれる)
「いったいあのヴァイオリンはどうしたというのだ?まだ聞こえている」
「(ホームズはにっこり微笑み)ちかごろ蓄音機というすばらしいものが発明されましたよ」

 ある識者によると、全60話にたばこはまんべんなく登場し、ないのはたった4話という。世界中にシャーロッキアン(熱烈なホームズファン)がいてどんな些細なことも見逃さない。
 ぼくが最初に読んだのは高校生のときだからパイプについては無知だった。訳本に「陶製の古いパイプ」とあるのでてっきり支那のパイプだと思った。有名な「ペルシャ製スリッパをたばこ入れがわりに使っていた」という記述もあるから、支那だのペルシャだの、当時の東洋趣味のなせるわざと思いこんでいた。
 いま原本を調べてみると、「陶製の古いパイプ」は「old clay pipe」で、いまならパイプの知識がふえたのでクレイパイプのことだとわかる。ブライアパイプもでてくるが、当時パイブといえば主流はクレイパイプ、つぎにメシャムパイプでブライアパイプはようやく普及しだした頃である。パイプをくわえたホームズの肖像画は掲載したストランド誌にも、のちに映画のポスターにも画かれ、メシャムパイプやキャラバッシュパイプをくわえたのもあるが、作品には登場しない。

 ホームズはどんなパイプを何本もっていたか。所有するパイプは3種、クレイパイプ、ブライアパイプ、そして長い桜のパイプである。
 このうちクレイパイプはいたるところに登場する。

◯ 花婿失踪事件[冒険]
「そこで私は、依然としてまっ黒になったクレイパイプを燻らしつづけるホームズを椅子のなかに残して帰途についた」
◯ 同上
「やがて脂(やに)のしみた古いクレイパイプをとりあげ、その古いなじみの相談相手に火をうつして、ふかぶかと椅子にかけなおし、濃い紫の煙をもくもくと渦巻かせながら、さももの憂くてたまらぬという顔つきをしていった」

 原本では上の「まっ黒になったクレイパイプ」「black pipe」。下の「脂のしみた古いクレイパイプ」は「old, oily clay pipe」。この両者「old, black or oily clay pipe」はしょっちゅう出てくる。
 ブライアパイプは以下の2カ所にしか登場しない。

◯ 四つの署名
「『ぼくは最近大陸まで手をのばしたよ』しばらくたってから彼はブライアの古いパイプに煙草をつめながらいった」
◯ 唇の捩じれた男[冒険]
「……膝の前に1オンス入りの強いシャグ煙草とマッチの箱をおいた。愛用のブライアのパイプを口に、ぼんやりと天井の一角を見すえて、鷲のように鋭い緊張した顔を浮きあがらせ……」

 長い桜のパイプはたった1カ所である。

◯ ぶな屋敷[冒険]
「ホームズはまっ赤になった燃殻を一つ火箸でつまみあげて、ながい桜のパイプに火をうつした。考えるのをやめて議論でもしようという気持になったとき、いつも彼はクレイパイプをやめてこの桜にするのが例なのである」

 そして材質を明記しないパイプも数多く出てくるのでこれがクレイなのかブライアなのかはわからない。

◯ 恐怖の谷
「……なにかを深く熟考するときというと使う汚らしいパイプに火をつけて……」

 また琥珀の吸い口をつけたパイプも持っていた。これはおそらくブライアパイプだろう。

◯ プライオリ学校[帰還]
「この地図を私の部屋へ持ちこみ、寝台のうえにひろげて、ランプをその中央に工夫して据え、煙草を吸いながら地図を眺めて、煙のでている琥珀のすい口でときどき興味ある地物を指しながら喋った」

 ホームズがパイプを何本もっていたかは不明だが、あきらかに数本のパイプを所有し常用していた。パイプラックを使っていたからである。

◯ 空き屋の冒険[帰還]
「それから図表類、ヴァイオリンのケース、パイプラック、ペルシャのスリッパまでが、そのなかに煙草が入っているのだが、ひと目で見てとれた」
◯ 青い紅玉[冒険]
「ホームズは紫のガウンを着て、ソファにとぐろをまき、パイプラックを右がわの手ぢかな場所に据え、今まで研究していたらしい新聞を、クシャクシャと山のようにそばへ積んでいた」

 ホームズ所有でないパイプにも興味深いものがでてくるが、それはまた次回に。

by jinsenspipes | 2013-01-26 16:22