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Jinsen's パイプ

サミュエル・ガーウィズ: ウェストモーランドミクスチャー ( Samuel Gawith: Westmorland Mixture )

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 毎年、春先になると、手がでるたばこがある。甘い香りの着香たばこ、去年はジャーマインのプラムケーキ、今年はSGのグラウスムーアにした。プラムケーキの甘酸っぱさもいいしグラウスムーアのうららかさもいい。
 思い出したのはコメントをいただくmifuneさんがブログにウエストモーランドを紹介されて「フルーツタルトのような甘い香り」と書かれたことである。で、さっそく注文した。
 缶を開けると、お、お、お、その通りすばらしい甘い香りがあり、そのまま皿に盛ってフルーツケーキとしていただけそう。シナモンの香りまで漂っている。火をつけると、しかしこれはトップフレイバリングとしてスプレイしてあるらしく、たばこには香りはほとんどない。ときたま忘れたようにやってくるのと、シナモンが微かに香るていどだった。
 SG社の紹介文にはこうあった。
「ケンダル市長コレクションの一つです。軽いたばこで、バージニア葉と、まさに適量のブラックキャベンディッシュ、わずかに暗示させるラタキアがブレンドされてます」
 じつは昨夜、夕食後にダンヒルのヨットをやり、濃厚なミルクと蜂蜜味、奥深いバージニア味に感動したところである。そして今朝これをやると拍子抜けするように軽い。ふっくらやわらかいバージニア味にわずかな、まさに適量のブラックキャベンディッシュの甘み、ラタキアはほとんど感覚できない。ときおりシナモンがフッとやってくる。
 いろんなたばこを好奇心のおもむくままとっかえひっかえ吸っているジャパニーズとしてはとりえがみつからなくて物足りない。しかし、吸いながら考えた。これはケンダル市の市民がこよなく愛する常喫たばこなのではないか。シガレットだって一番好まれるのは際立つ香りがなく、適度のニコチンを補給できる平凡な品種だろう。SG社はケンダル市の地元たばこ会社として成立し、今では世界に知られるブランドになったが、地元のジイさんやおっちゃん、兄ィにとってはたばこはこれで充分なのではないかと。

 ところでウェストモーランドという名前だが、これは県の名でケンダル市はウェストモーランド県にあった。それが1974年、イギリスの行政改革でウェストモーランド県と近隣の地域を合併してあらたにカンブリア県と改名された。だからいまではカンブリア県ケンダル市になるのである。ウェストモーランド県は19世紀から使われてきた県名だから地元のかたにはさぞかし思いいれがあることだろうと想像できる。
 たばこレビューのサイトにイギリスのある評者がこういう評文を寄せている。
「このたばこの命名はあきらかにイギリスの旧ウェストモーランド県へのオマージュである。ケンダル市にあるSG社のたばこはウェストモーランド県の名物だったからだ。しかしもしあなたが現在の湖水地方を旅してもあなたはSG社のたばこを土産物屋でみかけることはないだろう。かわりにあなたがみるのはケンダル・ミントケーキである」
 ケンダル・ミントケーキはケンダル市の名物菓子で登山や山歩きのエネルギー補給用として世界的に知られるものだそうだ。ケーキといってもチョコバーみたいな甘い砂糖菓子である。
 もう一つ。このたばこは「ケンダル市長コレクション」の一つになっている。「ケンダル市長コレクション」はSG社の創設者、サミュエル・ガーウィズが1863年にケンダル市長に選ばれたのを記念して作られたシリーズらしい(アメリカのたばこショップ、Iwan Reis社の記事によると)。チョコレートフレークが第一弾、サムズフレークが第二弾。そのあとウェストモーランドがコレクションに追加された(第三弾かどうかの明記はないが)。年代を推測するとこのたばこの発売は19世紀後半か20世紀前半と思われるのでまだ県名は昔のまま、つまり、このたばこはケンダル市のある県の名前をとったものである。日本でいえば「東京」とか「山梨」という名のたばこになるのだろう。いや、あるいは「江戸」とか「甲斐」なのかもしれない。

 好奇心旺盛なジャパニーズは世界のたばこを旅し、どんな珍奇な品種があるかと目をぎらぎらさせているが、このウェストモーランドは初心に還った気分である。地元に住むまじめで朴訥な市民がささやかに毎日たのしむおだやかなたばこ、と思いたい。トップフレイバレングのあのどぎついフルーツケーキの香りはひょっとしたら海外に輸出する際のお飾りなのだろうか。それともイギリス人のユーモアの所産なのだろうか。

by jinsenspipes | 2013-03-30 21:22 | サミュエル・ガーウィズ