Jinsen's パイプ

<   2013年 01月 ( 2 )   > この月の画像一覧

読み物: シャーロック・ホームズのパイプ 1

a0150949_16183494.jpg
 ひさしぶりに、いや、それどころか何十年ぶりかに、本棚で埃まみれになっている文庫本に手をのばした。新潮社版で10冊ある。
 コナン・ドイルのホームズ譚は長編が4話、短編が56話、短編は5冊に収まるが、新潮社版は各短編集から1、2話がこぼれ、それを別に1冊にまとめたので10冊になる。
 気になるかたもいらっしゃると思うので発表年順にまとめてみた。
  緋色の研究     1887年
  四つの署名     1890年
  冒険(短編集)   1892年
  思い出(短編集)  1894年
  バスカヴィル家の犬 1902年
  帰還(短編集)   1905年
  恐怖の谷      1915年
  最後の挨拶(短編集)1917年
  事件簿(短編集)  1927年
(新潮社版はここに落ち穂をまとめた「叡智」がくわわる)
 イギリスがもっとも輝いたころ、ヴィクトリア朝が舞台である。ロンドン市街を馬車が走り、ガス灯がともる。電話や車はまだないから、ホームズはメッセンジャーボーイを使ったり、電報をうつ。指紋捜査は普及してなかったようだ。さすがに後期の作品になると電話が出てきたり蓄音機がでてきたり車がでてきたりするがそれも控えめである。気分はあくまでヴィクトリア朝なのだ。

◯ 高名の依頼人[事件簿]-1925年にストランド誌に掲載
「私はカールトン・クラブにおります。でも急ぎのときは、Xの31というのが私の電話番号ですからどうぞ」
◯ マザリンの宝石[事件簿]-1921年にストランド誌に掲載
(隣室でホームズはヴァイオリンでホフマンの「ベニスの舟歌」を弾いているはずなのに突然悪漢がいる部屋にあらわれる)
「いったいあのヴァイオリンはどうしたというのだ?まだ聞こえている」
「(ホームズはにっこり微笑み)ちかごろ蓄音機というすばらしいものが発明されましたよ」

 ある識者によると、全60話にたばこはまんべんなく登場し、ないのはたった4話という。世界中にシャーロッキアン(熱烈なホームズファン)がいてどんな些細なことも見逃さない。
 ぼくが最初に読んだのは高校生のときだからパイプについては無知だった。訳本に「陶製の古いパイプ」とあるのでてっきり支那のパイプだと思った。有名な「ペルシャ製スリッパをたばこ入れがわりに使っていた」という記述もあるから、支那だのペルシャだの、当時の東洋趣味のなせるわざと思いこんでいた。
 いま原本を調べてみると、「陶製の古いパイプ」は「old clay pipe」で、いまならパイプの知識がふえたのでクレイパイプのことだとわかる。ブライアパイプもでてくるが、当時パイブといえば主流はクレイパイプ、つぎにメシャムパイプでブライアパイプはようやく普及しだした頃である。パイプをくわえたホームズの肖像画は掲載したストランド誌にも、のちに映画のポスターにも画かれ、メシャムパイプやキャラバッシュパイプをくわえたのもあるが、作品には登場しない。

 ホームズはどんなパイプを何本もっていたか。所有するパイプは3種、クレイパイプ、ブライアパイプ、そして長い桜のパイプである。
 このうちクレイパイプはいたるところに登場する。

◯ 花婿失踪事件[冒険]
「そこで私は、依然としてまっ黒になったクレイパイプを燻らしつづけるホームズを椅子のなかに残して帰途についた」
◯ 同上
「やがて脂(やに)のしみた古いクレイパイプをとりあげ、その古いなじみの相談相手に火をうつして、ふかぶかと椅子にかけなおし、濃い紫の煙をもくもくと渦巻かせながら、さももの憂くてたまらぬという顔つきをしていった」

 原本では上の「まっ黒になったクレイパイプ」「black pipe」。下の「脂のしみた古いクレイパイプ」は「old, oily clay pipe」。この両者「old, black or oily clay pipe」はしょっちゅう出てくる。
 ブライアパイプは以下の2カ所にしか登場しない。

◯ 四つの署名
「『ぼくは最近大陸まで手をのばしたよ』しばらくたってから彼はブライアの古いパイプに煙草をつめながらいった」
◯ 唇の捩じれた男[冒険]
「……膝の前に1オンス入りの強いシャグ煙草とマッチの箱をおいた。愛用のブライアのパイプを口に、ぼんやりと天井の一角を見すえて、鷲のように鋭い緊張した顔を浮きあがらせ……」

 長い桜のパイプはたった1カ所である。

◯ ぶな屋敷[冒険]
「ホームズはまっ赤になった燃殻を一つ火箸でつまみあげて、ながい桜のパイプに火をうつした。考えるのをやめて議論でもしようという気持になったとき、いつも彼はクレイパイプをやめてこの桜にするのが例なのである」

 そして材質を明記しないパイプも数多く出てくるのでこれがクレイなのかブライアなのかはわからない。

◯ 恐怖の谷
「……なにかを深く熟考するときというと使う汚らしいパイプに火をつけて……」

 また琥珀の吸い口をつけたパイプも持っていた。これはおそらくブライアパイプだろう。

◯ プライオリ学校[帰還]
「この地図を私の部屋へ持ちこみ、寝台のうえにひろげて、ランプをその中央に工夫して据え、煙草を吸いながら地図を眺めて、煙のでている琥珀のすい口でときどき興味ある地物を指しながら喋った」

 ホームズがパイプを何本もっていたかは不明だが、あきらかに数本のパイプを所有し常用していた。パイプラックを使っていたからである。

◯ 空き屋の冒険[帰還]
「それから図表類、ヴァイオリンのケース、パイプラック、ペルシャのスリッパまでが、そのなかに煙草が入っているのだが、ひと目で見てとれた」
◯ 青い紅玉[冒険]
「ホームズは紫のガウンを着て、ソファにとぐろをまき、パイプラックを右がわの手ぢかな場所に据え、今まで研究していたらしい新聞を、クシャクシャと山のようにそばへ積んでいた」

 ホームズ所有でないパイプにも興味深いものがでてくるが、それはまた次回に。

[PR]
by jinsenspipes | 2013-01-26 16:22 | Comments(24)

サミュエル・ガーウィズ: スキッフミクスチャー ( Skiff Mixture )

a0150949_21465737.jpg
 いわゆる「イングリッシュミクスチャー」、ひさしぶりに堪能した気分である。
 SG社の現行ミクスチャーたばこ12種のうち典型的な「イングリッシュミクスチャー」といえるのは2種、これと「スクワドロンリーダー」である。葉組はバージニア+オリエント+ラタキア。そして無着香たばこである。ここのところ着香物やフレーク、ケンタッキーたばこといろいろ手をのばしてきたのでなぜかホッとした気分になった。
 缶を開けると、やや湿り気のあるリボンカット、明るいバージニアからダークなラタキアまで各種の葉が混じり、ラタキア臭はさほど強くなくオリエントの香りにかなりな熟成臭がくる。うん。これだ!
 火をつけると、ああ、なんとまろやかなたばこか。つんつんしがちなラタキアがやや隠れ、スパイシーなオリエントとベースのバージニアがまるでとろけそうにからみあっている。とろんとした味のなかにひと刷毛、ラタキアの風がなで、オリエントが騒いでいる。これこそまさにSG社のたばこだ。
「イングリッシュミクスチャー」の定義はぼくはよくわからないが「熟成」というのがキーワードのようである。
 識者によると、たばこの熟成は3段階にわたるという。ブレンド以前のたばこ葉の熟成、製造過程での熟成、缶に詰めてから出荷までの熟成である。まずたばこ葉の状態で充分熟成され、つぎに製造過程でたっぷり熟成して製品となり、さいごに缶に詰めたあと出荷までにさらに熟成する。アメリカのたばこ会社は缶に詰めたらさっさと出荷するが、マクレーランド社だけは伝統的イギリス製法に倣い、缶に詰めてから出荷まで2年寝かして熟成しているという記事を読んだことがある。
 イギリスでは1986年までパイプたばこに添加剤をまぜることを禁止していた。オランダやアメリカがふんだんに着香剤を使い、あざとい着香たばこを作っているのにイギリスの会社はそれができない。そこでたばこ葉をたっぷり熟成させたり、煎ったり焼いたりすることで味わいをだしてきた。これが「イングリッシュミクスチャー」の正体である。素材の味を最大限ひきだすこと、また時のわざで素材の味が変容するのをじっくり時間をかけて実践すること、おおらかな時代のおおらかな産物である(禁止ではなく制限だったとする説がいまは有力のようだが)。
 イギリスたばこといってもダンヒルやラットレーはいまはデンマークやドイツで製造している。本来の熟成技術が踏襲されているかどうかは「?」である。アメリカのマクレーランド社が頑固にイギリス製法に固執しているのはそういう時代風潮にたいする反逆なのだろう。しかしイギリスの寒村の小さな、小さなSG社などは、たばこ産業界の資本競争や権力闘争とは無縁に、技術革新とも無縁に、200年にわたる古式製法を守り博物館に収まりそうな機械でたばこを作っていることを考えると、そのたばこは仏壇に飾って拝みたくなるくらいありがたい。
 このたばこはまさにその熟成の成果である。バージニアとオリエントとラタキアが時間をかけて優雅に溶け合い、単体ではあり得なかった霊妙な味わいをだしてくる、これこそイングリッシュミクスチャーの神髄を見る思いがする。
 さて。
 本来ならここで「スクワドロンリーダー」との比較を書かなくてはいけないのだがそちらはちょっと記憶が曖昧である。ただ漠然と感じるのは、スキッフミクスチャーのほうがラタキア色が薄く、オリエント葉がやや強くでているようである。
 さいごに「スキッフ」はいまでは船外エンジン付きのレジャーボートを指すが昔は、缶の絵が示すように、一人乗りの三角帆のヨットで閑人が釣りなどに使ったらしい。「スクワドロンリーダー」の複葉機とおなじで、このたばこは缶の絵をみているだけで心が晴れ晴れしてくる。

[PR]
by jinsenspipes | 2013-01-15 21:50 | サミュエル・ガーウィズ | Comments(12)