Jinsen's パイプ

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読み物: シャーロック・ホームズ『四つの署名』

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 このブログにコメントをくださるくつしたさんはたのしい文章を書かれる。発想もトンでいるけどその内容がパイプを愛好者の心を遊ばせてくれる。たびたびこれを読むうちに、ぼくも日頃の堅苦しいたばこレビューでなく、夜更けのパイプ愛好家の心をなごませる気楽な雑感を書いてみたくなった。

 このところぼくはYouTubeにあるBBCテレビ放映のシャーロック・ホームズ映画をよく見る。『四つの署名』はおそらく一番有名な作品と思うが、そのなかの一シーンがとくに印象にのこった。

 若い女性の依頼人に伴い、ホームズとワトソンがある屋敷を訪ねる。大金持の息子で部屋中をインド風の調度で飾り、まるで博物館のよう。主人は小柄な肥満体の男で、丸顔の頭は両脇だけ髪の毛をのこして禿げあがり、にやにや笑いしているが、内心に激しい感情が渦巻き、落ち着かない様子。
 ドイルの原作ではこうなっている箇所である。

「失礼して私は煙草をやらせていただきます。香りの高い東洋の柔らかい煙草です。すこし気がたっておりますので、こういうときは水煙管で一服やりますと、たいへんおちつきますでな」
 彼は大きな雁首に火をつけて、薔薇水をごぼごぼいわせてうまそうに吸った。
(延原謙訳、岩波版)

 映画では、主人が水キセルを吸い込み、一服やると、そわそわ落ち着かない表情がいっときやわらぎ、ホッとした顔になるのがアップで写された。そのときの主人のしあわせな表情、これが記憶にのこった。トゲトゲした心をたばこの一服がやわらげ、ひとときのしあわせ感につつまれる。ぼくは水キセルはやらないが、およそたばこ喫煙の本領はここにあるのではないか。
 じつはこれを見る前、夕食後、ぼくはSGのスクワドロンリーダーをやっていた。マッチでまず着火すると、火がつくかつかないかのうちにラタキアの優雅な香りが漂う。着火後、しばらくすると、こんどはオリエントの甘い香りがきた。ラタキアのひと刷毛の風、オリエントの甘い芳香、ボディになっているバージニアのしっかりした味わい。そのハーモニーにうっとりさせられたのだった。
 ぼくはそのとき心に悲痛があったわけではないが、やすらぎは訪れた。もし何か心配事があり、それを逃れてひとときの安静を得たかったらこの一服は顕著な効果があったろう。
 ぼくはそこでさらに東洋的なたばこ、前にやったマクレーランドのイェニジェたばこを思い出した。
 スクワドロンリーダーのようなイングリッシュミクスチャーはバージニアが主体でラタキアもオリエントも付け足しである。オリエントの香りと甘さは非凡だがやはりバージニアに隠れている。しかしマクレーランドのイェニジェたばこはオリエント葉を主にしているので逆にバージニアが付け足しになっている。
 ああ。あのときのあの香り。天国に遊ぶ気分だった。なんとしあわせな香りだったことか。それを思い出すとこの主人の気持ちが一層理解できた。
 東洋のたばこは香りを重視し、それにつつまれて一種の現実逃避、いっときの夢見ごこちを理想としてきたように思う。しかしイギリスたばこは味わいに重点をおき、ラタキア、オリエント、ペリクを付加したりあるいは自然熟成、熱処理などによって味を濃厚にしてきた。東洋のたばこはもっぱら香りに耽溺し、イギリスたばこはバージニア葉の深い味わいをたのしむ。このあたり民族性の違いなのだろうか。しかしそういうイギリスたばこであっても味わいにくわえて香りに酔い、ひととき憂さをわすれる効果があることはまちがいない。
 パイプ喫煙者はよくご存知だが、おいしいたばこを吸いたければ、日常のリズムから離れることである。日常のリズムの延長では最良の味は味わえない。喧噪の現実にしばし背を向け、外界を遮断し、たばこ葉が燃焼する、その植物のリズムに合わせることが大切だ。

 ところでYouTubeで見ていると、ここのところの英語字幕はこうなっていた。(ぼくは英語字幕つきで見ている。YouTubeはふつう字幕無しだが、字幕のボタンがあり、クリックすると字幕つきになる。便利なモンだ)

「Well, then, I trust that you have no objection to tobacco-smoke, to the balsamic odour of the Eastern tobacco. I am a little nervous, and I find my hookah an invaluable sedative.」

 ドイルの原文はどうだったか、調べてみたら、何と! この部分は原文そのままだった。
 上の延原謙の名訳はそれを翻訳したものである。

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by jinsenspipes | 2014-09-21 10:54 | Comments(28)