ジャーマイン: プラムケーキミクスチャー ( J.F.Germain & Son: Plum Cake Mixture )
イギリスの老舗3会社、サミュエル・ガーウィズ、ガーウィズ・ホガース、ジャーマインのうちこのジャーマイン社はやや特殊な位置にある。所在地は英仏海峡のフランスのごく近く、ジャージー島で、この島はイギリス(UK)には所属せず、イギリス王室属領という特殊な地位で、外交など対外的にはイギリスだがイギリスの法律は適用されない。ほとんど独立国とおなじで独自の政府、独自の法律をもつ。ジャーマイン社の創業は1820年、自社のたばこ製造のほかに委託製造も引き受け、ビュテラのエソテリカ、最近はバルカンソブラニーの復刻版が評判になった(もっともこれは1978年からジャーマインが製造してるそっくりさんのラベルを変えただけというのが真相のようだが)。
このたばこは前から気になっていた。プラムは日本人の感覚だと梅になる。厳密にいうと日本の梅は特別の品種で、英語でも「ume」とされるらしい。またプラムケーキはイギリスでは干しぶどう入りのケーキでこのあたり梅とはだいぶかけはなれてくるがぼくは梅で通すことにした。マ、嗜好品の世界だから思いこみも許されるよネ。パッケージデザインもユニークでイギリスたばことしては異彩を放っている。
期待して缶をあけると、ああ、やはり梅を連想させる酸っぱい香り+なんともいえない奥ゆかしい、上品な香りがある。いわゆるイギリス香とも違う、なんというか、日本の昔の旧家のふすまあたりに漂っているような香りである(変なたとえだけど)。
葉は、バージニアの黄色葉と、灰褐色のバーレー、ところどころに黒いものがまじり、キャベンディッシュかと思ったがじつは違うらしい。極細のシャグでやや湿り気がありびっしり収まっていた。
火をつけると、バージニアの青臭さに梅の酸味、わずかの甘み、すばらしい。火つきもいいが火持ちがじつによくてまず再着火せずにさいごまでいける。しかもじつにクールだ。たまたまラットレーのマーリンフレークが空いているがそちらはバージニアたばこらしく気を許すと熱くなりがちだ。ゆっくり吸うと宏大なバージニア世界が広がるがちょっと火種を大きくすると焦げ臭くなることがある。しかしこちらは冷ややかといいたいくらいクール。
葉組を調べてみると、社の説明ではバージニア葉各種が80%、のこり20%の黒いのはキャベンディッシュではなくバーレー葉を熱処理した特殊なたばこでこの会社だけが作る秘密の製法によるとある。またユニークな香りはジャージー島があるチャネル諸島にしかない特別のものと、その独自性を誇示している。この葉組の説明だが、缶に印刷された記事には「キャベンディッシュ、バージニア、バーレーと特殊なブラックキャベンディッシュ。フレーバーはワインとスパイスで我が社80年におよぶレシピの成果です」とありニュアンスがやや異なる。香りについてはここにワインとあるから本来はそれが正しいのだろう。
道明寺という和菓子がある。桜餅の一種だが、砕いた米の粒つぶがわずかにのこる食感で、塩漬けの桜の葉でくるんである。これは桜の葉ごと食べるのだが、餅と餡の甘みに桜の葉の香りがまじる上品な味わいで、ときどきふっと花の香りが漂うときがある。桜と思いたいところだがぼくは梅の香をイメージしてしまう。
このたばこがちょうどその道明寺そっくりである。
バージニア味になんとも奥ゆかしい上品な香り、ときどきふっと梅(と解釈しちゃう)酸味が漂い、心をどこか遠くにつれてってくれる。今朝は庭でやる朝一番のたばこをこれにした。今年は寒さがいつまでものこるが快晴の陽射しは思いのほか暖かく、やはり春の訪れを感じさせる。戸外でやるこのたばこはまた一段とおいしくて、懐かしい。イギリス人もこんな繊細な味をたのしむ習慣があるのかとうれしくなる。
おや。どこかから梅の香りが……。庭の梅の木はまだ蕾で開花してないのに。
たばこの香りだった! ああ!