思い出したのはコメントをいただくmifuneさんがブログにウエストモーランドを紹介されて「フルーツタルトのような甘い香り」と書かれたことである。で、さっそく注文した。
缶を開けると、お、お、お、その通りすばらしい甘い香りがあり、そのまま皿に盛ってフルーツケーキとしていただけそう。シナモンの香りまで漂っている。火をつけると、しかしこれはトップフレイバリングとしてスプレイしてあるらしく、たばこには香りはほとんどない。ときたま忘れたようにやってくるのと、シナモンが微かに香るていどだった。
SG社の紹介文にはこうあった。
「ケンダル市長コレクションの一つです。軽いたばこで、バージニア葉と、まさに適量のブラックキャベンディッシュ、わずかに暗示させるラタキアがブレンドされてます」
じつは昨夜、夕食後にダンヒルのヨットをやり、濃厚なミルクと蜂蜜味、奥深いバージニア味に感動したところである。そして今朝これをやると拍子抜けするように軽い。ふっくらやわらかいバージニア味にわずかな、まさに適量のブラックキャベンディッシュの甘み、ラタキアはほとんど感覚できない。ときおりシナモンがフッとやってくる。
いろんなたばこを好奇心のおもむくままとっかえひっかえ吸っているジャパニーズとしてはとりえがみつからなくて物足りない。しかし、吸いながら考えた。これはケンダル市の市民がこよなく愛する常喫たばこなのではないか。シガレットだって一番好まれるのは際立つ香りがなく、適度のニコチンを補給できる平凡な品種だろう。SG社はケンダル市の地元たばこ会社として成立し、今では世界に知られるブランドになったが、地元のジイさんやおっちゃん、兄ィにとってはたばこはこれで充分なのではないかと。
ところでウェストモーランドという名前だが、これは県の名でケンダル市はウェストモーランド県にあった。それが1974年、イギリスの行政改革でウェストモーランド県と近隣の地域を合併してあらたにカンブリア県と改名された。だからいまではカンブリア県ケンダル市になるのである。ウェストモーランド県は19世紀から使われてきた県名だから地元のかたにはさぞかし思いいれがあることだろうと想像できる。
「このたばこの命名はあきらかにイギリスの旧ウェストモーランド県へのオマージュである。ケンダル市にあるSG社のたばこはウェストモーランド県の名物だったからだ。しかしもしあなたが現在の湖水地方を旅してもあなたはSG社のたばこを土産物屋でみかけることはないだろう。かわりにあなたがみるのはケンダル・ミントケーキである」
ケンダル・ミントケーキはケンダル市の名物菓子で登山や山歩きのエネルギー補給用として世界的に知られるものだそうだ。ケーキといってもチョコバーみたいな甘い砂糖菓子である。
もう一つ。このたばこは「ケンダル市長コレクション」の一つになっている。「ケンダル市長コレクション」はSG社の創設者、サミュエル・ガーウィズが1863年にケンダル市長に選ばれたのを記念して作られたシリーズらしい(アメリカのたばこショップ、Iwan Reis社の記事によると)。チョコレートフレークが第一弾、サムズフレークが第二弾。そのあとウェストモーランドがコレクションに追加された(第三弾かどうかの明記はないが)。年代を推測するとこのたばこの発売は19世紀後半か20世紀前半と思われるのでまだ県名は昔のまま、つまり、このたばこはケンダル市のある県の名前をとったものである。日本でいえば「東京」とか「山梨」という名のたばこになるのだろう。いや、あるいは「江戸」とか「甲斐」なのかもしれない。
好奇心旺盛なジャパニーズは世界のたばこを旅し、どんな珍奇な品種があるかと目をぎらぎらさせているが、このウェストモーランドは初心に還った気分である。地元に住むまじめで朴訥な市民がささやかに毎日たのしむおだやかなたばこ、と思いたい。トップフレイバレングのあのどぎついフルーツケーキの香りはひょっとしたら海外に輸出する際のお飾りなのだろうか。それともイギリス人のユーモアの所産なのだろうか。
たばこ名をクリックすると該当ページが別ウィンドウに開きます。
イギリスとアイルランドのたばこ
パーフェクション
ベストブラウンフレーク(BBF)
セントジェームズフレーク
1792フレーク
コモンウェルズ
フルバージニアフレーク(FVF)
グラウスムーア
ケンダルクリームフレーク
ファイアダンスフレーク
バルカンフレーク
スクワドロンリーダー
ゴールデングロウ
ネイビーフレーク
チョコレートフレーク
サムズフレーク
ブラッケンフレーク
スキッフミクスチャー
ウェストモーランドミクスチャー
ガーウィズ・ホガース
エナーデール
ラムフレーク
ブロークンスコッチケーキ
ロープたばこ3種(ブラウン、ブラック、ブラックxxx)
ルイジアナペリクフレーク
カーリーカット
バルカンミクスチャー
ボブズチョコレートフレーク
ベストブラウンNo2
トップブラックチェリー
アメリカンデライト
ブライトCRフレーク
ブラウンフレーク
ジャーマイン
ペリクミクスチャー
スペシャルラタキアフレーク
ミディアムフレーク
プラムケーキミクスチャー
キングチャールズ
ダンバー
アンドソートゥーベッド
ドーチェスター
ティルベリー
マーゲイト
【オリジナルがイギリス/アイルランド(現在の製造会社)】
ラットレー(コールハス製)
マーリンフレーク
レッドラパリー
ブラックマロリー
オールドゴーリー
ハローザウィンド
ダークフレグラント
ダンヒル(オーリック製)
ロイヤルヨット
フレーク
マイミクスチャー965
アーリーモーニング
ロンドンミクスチャー
ナイトキャップ
ロバート・マッコーネル(コールハス製)
スコティッシュケーキ
マデュロ
グレンパイパー
スコティッシュフレーク
ピーターソン(コールハス製)
ユニバーシティフレーク
アイリッシュフレーク
マレイ(コールハス製)
エリンモア
フリボーグ&トレイヤー ゴールデンミクスチャー
ベルズ スリーナンズ(オーリック製) スリーナンズ-again-
コープ エスクード(ピーター・ストーカピー製)
ガラハー コンドル
オグデン セントブルーノ
アシュトン ギルティプレジャー(コールハス製)
マクバレン
バニラクリーム
バージニアNo1
バーレーロンドンブレンド
ソレントミクスチャー
HHアカディアンペリク
HHヴィンテージシリアン
バニラクリームフレーク
オーリック
ゴールデンスライスド
【オリジナルがデンマーク】
ラールセン(オーリック製)
ファイン&エレガント
【オリジナルがオランダ】
ダウエグバーツ アンフォーラ
ニーメイヤー セイル(オーリック製)
【イタリア】
サビネリ アルモニア(コールハス製)
セリーニ クラシコ(プランタ製)
【ハウスブレンド - ドイツ】
ペーター・ハインリヒ
スペシャルカーリィ
ダークストロングフレーク
【オリジナルが日本】
JT 桃山(マクバレン製)
マクレーランド
フロッグモートン
5100 レッドケーキ
5100 レッドケーキ[R2]
2035 ダークネイビーフレーク
2020 メイチャードケーキ
2015 バージニアフレーク+ペリク
イェニジェ・シュプリーム
スミルナNo1
G.L.ピース
ホッドスデライト
ストラッドフォード
ジャックナイフ-レディラブド
レイン
1Q *bulk キャプテンブラック相当
R.J.レイノルズ プリンスアルバート
アメリカンタバコ ハーフ&ハーフ
GH社にはブラウンフレークと名づけたたばこが何種類かあり、缶入りの「ブラウンフレーク#2」は前に紹介した。ここに書くのはバルク売りで、カタログには着香、無着香と2種類ある。ぼくが買ったのはunscented、無着香のほうだが缶を開けるとわずかにケンダル香が漂った。前の缶入りはかなり強かったがこちらはかすかに漂うだけ、吸いはじめると消えてしまう(ときどきフッとくることがあるのはご愛嬌だが)。しかしケンダル香が強い缶入りブラウンフレーク#2とバルク売りの着香ブラウンフレークはどう違うのか、それはわからない。
CRフレークとおなじ長いフレークなので適当にちぎり、丸めてボウルに詰めた。火つきも火持ちもじつにいい、吸いやすいたばこである。ムムム。素晴らしいぶっとい味がきた。やわらかい穀物味のバージニアがバーレーのおかげなのだろう、太く、また一段とやわらかく、丸い味わいである。火持ちがよくおだやかに燃えるから心地よいクールスモーキングができる。ぶっとい、と書いたが、この濃い味わいは太いと書くより感じがでる。丸い味わいの外周にそれを強調したようなエッジをわずかに感覚するが、ここにはバージニアとバーレーのほかにもう一種、Dark-Firedのバージニア葉がわずかにくわわるようなのでそれではないかと思う。ほどよい甘みと酸味、そしてかすかな塩味が心地よい。
CRフレークで紹介したが、それを絶賛する識者がこのブラウンフレークも賛美していたので買ってみた。Va/Burleyのたばこではいまのところこれがベストだろうとまで書いている。
Va/Burleyのたばこはまた別世界である。GH社にはほかに「ボブズ・チョコレートフレーク」があり、SG社には類似の「チョコレートフレーク」と「ケンダルクリームフレーク」がある。両社のチョコレートフレークはこのブレンドにチョコレート味をのせ、さらにわずかのラタキア葉を加えたもので甘い、うっとりするようなたばこに仕立てている。
もともとバーレー葉にはかすかなチョコレート風味が隠されているとされ、それをヒントにできたたばこなんだろうと思う。またラタキアとチョコレートの相性がよく、たしか別会社の類似商品もラタキアを隠し味にしていたようである。SG社の「ケンダルクリームフレーク」はGH社の「ブラウンフレーク#2」に似てケンダル香の強いVa/Burleyのみのたばこである。
マーリンフレークについてはコメントの返信にも書いた。今のコールハス版よりCRフレークがやや勝るように思う。BBFについては、じつは今日、昼にGH社のブラウンフレークをやり、夕食のあとBBFをやったばかりなのである。
BBFはやはり段違いのバージニアたばこだった。CRフレークはおいしいバージニア味のたばこだが、BBFはその熟成の甘みがまるで果実酒のようである。バージニア葉をじっくり熟成料理してはじめて出る味である。おなじSG社のFVFはまた少し違い、甘みと酸味のバランスが抜群だしなによりおだやかな喫味がたとえようもない。CRフレークにはこの深奥はないようだ。ところがマーリンフレークのほうにBBFと似た感触があることがあるが、これはコールハス版がペリクとキャベンディッシュを加えているからだ。おそらくラットレーのオリジナルにはBBFとおなじ熟成味があったがSG社ほどの熟成技術がないコールハス社はその感じをだすためにペリクとキャペンディッシュを加えたのだと思う。このあたりは時代の流れでコールハス社の姿勢はむしろ実直といえるが、バージニア葉、その単体から、果実酒の甘みやおだやかな喫味をひき出しているSG社の熟成技術、その宝石であるBBF、FVF、まぎれもなく現存する世界一のたばことぼくは思っている。
話が横道にそれたが、元に戻し、Va/Burleyのブラウンフレークだが、こちらはBBFに比べるとやや気楽なたばこである。SG社のバージニアたばこにあるあの陶然とする奥深さはなく、いわば陽気な、軽快なたばこといえる。しかしバージニア葉の極限を追求したたばこがある一方で、最初から最後までひたすら心地よい、クールスモーキングできるたばこがあってもいい道理である。
吸っているときも、吸い終わったあとも、しあわせな気分になれるたばこである。
はっきり記述があるのはシャグたばこ(shag)である。
◯バスカヴィル家の犬
「『ワトソン君、出かけるのかい?』
『用があるなら出かけなくてもいいよ』
『いや、君の手をかりるのは、いよいよ仕事にかかってからさ。しかしこんどのはすばらしい。ある点からいえば、まったく特異な事件だよ。ブラッドリの店のまえを通ったら、いちばん強いシャグ煙草を1ポンド届けさせてくれないか。たのむ』」
◯ 唇の捩じれた男[冒険]
「この日も彼が徹夜の用意をしているのが、私にはすぐ分かった。彼は上衣とチョッキを脱ぎ、そのうえから大きな紺のガウンを着て、部屋中を物色して寝台からは枕を、ソファと肘掛椅子かにはクッションを集めてきた。そしてこの材料をもって東洋の寝椅子風のものを拵え、そのうえに胡座をかいて膝の前に1オンス入りの強いシャグ煙草とマッチの箱をおいた。愛用のブライアのパイプを口に、ぼんやりと天井の一角を見すえて、鷲のように鋭い緊張した顔を浮きあがらせ紫の煙をたちのぼらせながら無言の行をしている動かぬ姿が、ほのぐらいランプの光のなかに見えていた」
シャグたばこはリボンカットよりさらに細かく刻んだ葉でそのまま手巻きたばこにも使える。若い頃ぼくがヨーロッパをあちこち旅したときはミュンヘンで買ったスタンウェルのパイプにシャグたばこを持ち歩いた。シャグはクラン、巻き紙はドラム、あちらの学生はシガレットが高くて手がだせず、みなさんこれだった。クランはパイプでも吸えるし、手巻きにしてもいいので便利だった。
ある識者によると、ホームズの時代のシャグはかなり粗悪品で、たばこ葉のいいところはシガレット用やふつうの刻みパイプ用に使い、いわば余りものを細かく裁断してシャグとしたという。しかしクレイパイプが一般的だった時代はこのパイプのボウルは小さいのでたばこ葉は細かい刻みほど吸いやすかったはずである(いまは逆に標準のパイプだとシャグは燃焼が早すぎて吸いづらい)。かならずしも粗悪品ではなかったと思うのだが、どうだろうか。
ただおおかたの意見としてホームズはコニサー ( connoisseur、食でいう味にうるさい美食家 )ではなくもっぱらニコチン摂取のためにたばこを吸っていたとされ、これはぼくも同感だ。
つぎにワトソンのたばこである。
ワトソンのたばこはホームズ探偵談の第一話「緋色の研究」の冒頭に出てくる。
一人暮らしで下宿さきを探しているワトソンがおなじ目的でルームメイト物色中のホームズを紹介されるシーンである。二人はここで初めて出会い、このあとしばらくベーカー街221B番地の部屋で起居をともにするのだ。
この第一話が書かれたのが1886年なので時代設定はそれ以前のことと推定できる。
(余談だが、ぼくの持ってるホームズ本は1955年頃出版のものなので、この番地、ベーカー街221Bがベーカー街221乙になっている。ハハハ。昔の翻訳者は何がなんでも日本語に訳そうとして、ABCの「B」を甲乙丙の「乙」にしたんだナ)
◯ 緋色の研究
「『僕の眼をつけている部屋というのはベーカー街ですがね。部屋としては申し分ない手ごろさなんだ。君、強い煙草の匂いはべつに気にならないでしょうな?』
『私は自分でもふだんシップス(ships)を愛用しているくらいです』」
「『やあ、ワトソン君、まだいいんだろうね?』
『君だったのか。まあはいりたまえ』
『はは。びっくりしているね。無理もない。それに患者じゃなくてほっとしたろう。ふむ。相かわらず(独身時代の)アルカディア・ミクスチャーを愛用しているね。服についているその綿みたいな灰ですぐわかるよ』」
この引用は少しぼくが手を加えた。新潮社文庫版の訳文は「独身時代の」がぬけていて「相かわらずアルカディア・タバコを愛用しているね」になっている。原文は「You still smoke the Arcadia mixture of your bachelor days, then! 」なので上のように手を加えてみた。
シップスを吸っていたワトソンがアルカディア・ミクスチャーに転向する。ムムム、それはいつからなんだ! シャーロッキアン達が目の色変えて探偵する。
ホームズとワトソンの出会いが1886年もしくはそれ以前なのは前に書いた。二人はしばらくベーカー街221B番地に下宿するが、つぎに第二作「四つの署名」に書かれた事件でワトソンは依頼人のモースタン嬢と婚約する。新潮社文庫版の訳者、延原謙のあとがきによると結婚は1887年10月1日頃とされる(ここまで推測した訳者も相当なシャーロッキアンだネ)。このあとワトソンはホームズとの下宿さきを出て愛妻とともに医者を開業するだが、突然その家を夜更けにホームズが訪ねたときの話が引用した「背の曲がった男」事件である。冒頭に「私の結婚後、二、三ヶ月たったある夏の夜」とある。
シャーロッキアン達はこう探偵した。
軍医としてインドに駐在していたワトソンが帰郷し、ロンドンでホームズとともに暮らす頃は船員が吸う安たばこ、シップスを愛用していた。しかし「四つの署名」事件でモースタン嬢と婚約してからはまさか紳士が安たばこでは恥ずかしい。そこで人並みにアルカディア・ミクスチャーに転向した。もっぱらモースタン嬢との新婚生活を思んばかってのことである、つまりこのたばこを常喫したのは婚約成立後、結婚まで、ホームズと同居した独身時代である、と。
いやはや。オタクというのはすばらしいものである。
シップスは当時船員が吸っていたロープたばこだろうと想定されている。つまりNavy Cutの初期のものである。Navy Cutという名称は、文字通り船員用のたばこで、昔はロープたばこだった。Three NunsやEscudoのようにロープを輪切りにしたたばこはもともとのNavy Cutの名残りである。のちにプレス技術が発達し、ケーキたばこやプラグたばこができ、さらにそれをスライスしたフレークたばこが登場してからはNavy Cutはフレークたばこを指すことになる。フレークたばこはそもそも船員用だったのだ。
ワトソンはイギリス海軍の軍医だったが、イギリス海軍は船員(軍医も)が吸うたばこは航海中は税抜きで提供した。もちろん安たばこだしニコチンも相当きつかった。シップス(Ships)という名に類似するたばこがオランダ製で当時あったという説もあるが、船員たばこを類推させるためにコナン・ドイルが創作した名称という見方が一般的である。
いっぽうアルカディア・ミクスチャーは実際にあったらしい。ある説によると、カレラス社がこの名のたばこを販売していたそうだ。カレラス社はロンドンに本拠をおくスペイン系の大手たばこ会社で、のちにダンヒルたばこを買収し独占販売する。このアルカディア・ミクスチャーはかなり高価な高級たばこだったようでだから、マ、可愛い奥さんのいる若い開業医にふさわしいたばこだったといおうか。
さて。例によってホームズ、ワトソンご愛用でなく、事件のなかに登場するたばこに興味深いものがあるが、それはまた次回に。
ここのところぼくは本物のイングリッシュ・ミクスチャー探しに熱中している。つまり添加物いっさい無し。バージニア、オリエント、ラタキアのみのシンプルな葉組(ラタキアは無いばあいもあるが)。その配合ぐあいと、入念な熟成だけでたばこ葉の味わいを最大限ひき出しているミクスチャーである。まさにキングチャールズがそれだった。
缶をあけると、パラフィン紙に包まれている。つまむと指に吸いつくくらいの湿り気。とくに強い香りは無く、ラタキアの匂いも薄い。ほとんどシャグといえる細かい刻み。昔のクレイパイプに最適だったろうと想像する。
火をつけると、ウッ、これだ! すばらしい旨味がきた。全体に丸く、おとなしい。バージニアの旨味とオリエントのスパイシーな味が溶け合い、ラタキアがかすかに香る。いや、じつをいうと、どれがどれと主張するわけではない。全体に渾然一体となって溶け合い、その総合体が、じつにおいしい。これこそイングリッシュ・ミクスチャーの真骨頂である。
イワン・リース社のサイトにいい紹介文があり、的を衝いていた。
「このたばこは軽快なタッチのラタキアと良質なバージニア、その入念なバランスが生んだ完璧なイングリッシュ・ミクスチャーです。このたばこを軽いとかマイルドだと評価するのは間違いです。吸ってみれば一目瞭然、イギリスタイプのラタキアを愛好する気むづかしい喫煙者も満足できる豊かさ、複雑さをもっています」
その通りである。引き合いにだして悪いが、オーリック製ダンヒルのあのつんつんしたラタキアとはまったく対照的である。
しかし、ここに一つ、時代の流れがある。GH社のCRフレークのところで、その無着香のストレート・バージニア味と比べるとデンマーク製ダンヒルやバージニアNo1は着香たばこだと書いた。ぼくの正直な感想なのだが、しかしじつはぼく自身そちらのたばこを旨いと感じるときがあるのだ。甘みや香りを着香剤で強調した、本来なら不自然なたばこがときとして旨いと思われることもある。そしてこちらはマイルドで少し物足りないと感じてしまうこともある。
年寄りのぼくとしてはおとなしいたたずまいながら一度深入りすると魅力がつきないイングリッシュ・ミクスチャーこそ生涯の友としたいところである。
ところでチャールズ王というこの商品名、どこからきたのか、気になるので調べてみた。この肖像画はチャールズ2世だが、父親の1世の治世は清教徒革命で国は内乱状態、そのあいだ2世は各地に亡命。ジャーマイン社があるジャージー島にも滞在した。そして先王が首をチョン切られ、2世が王位継承を宣言したのがこの島だったとのこと。ゆかりの地なのである。
そうそう。ニコール・キッドマンの「アザーズ」の舞台がこの島である。2次大戦中、キッドマンと二人の子供がジャージー島の宏大な屋敷にひっそり住み、出征した夫の帰還を待ちわびている。そこに夜な夜な亡霊が出現するが、じつはキッドマン母子のほうがすでにこの世の人ではなく亡霊だったという不思議な物語。ときどきこのDVDが見たくなるとジャーマインのたばこに手がのびるがこれからはキングチャールズをやり、17世紀のイギリスにも思いを馳せることにしたい。